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    一成には、頭の中で広がる世界に対する興味が溢れていた。まだ見ぬ世界への憧憬である。

    勉学の自由に憧れた。

    本を女性の体以上に愛した。




    しかしながら、当時の精神状態では、自宅や学校にその環境はほぼ見出せなかった。人の気配すら一成の集中力を邪魔した。


    そして、一成は己の欲求が満たされる場所を常に探した。


    その殆どが自然、屋外であった。

    森の中、川のほとり、お墓、……

    兎に角、犬の鳴き声を筆頭に一成の集中を乱す諸々の音を遮断出来る場所であれば、何処でもその舞台に選ばれた。


    夏は、虫除けスプレーを常備した。
    冬は、三重の靴下に、二重のズボン、五重の上着とその他の防寒セットーーーそこには体を温めるお茶も含まれていた。

    夜は明かりを求め、人気の無い小道を濡らすナトリウム灯やコインランドリー、精米所、公衆電話ボックスなど、あらゆる場所を狙った。

    雨の日には、お尻の下に敷くダンボールと傘を忘れなかった。




    これらを基本に、本や辞書、お弁当の入ったバックを背負って陋巷に出没した。


    まず、第一の問題になったのが、用足しだった。殊に冬は、定期的な小便の必要があった。

    これ、森の中では支障が無かった。

    川のほとりに関しては、人一人が中腰になって進む事の出来る導水渠があり、タイミングを見てはちょちょいと済ました。





    そう、ある時、冷や汗をかいた出来事があった。





    前述の導水渠のある川辺で、穏やかな昼時の勉学を貪っていた時、ふと、いつもの如く小便を催した。


    人気の無いのを確かめた後で、例の導水渠に身を潜めた。

    「おっ、おっ、……

    ふぅーっ、……」

    と、事を済ませ、ささっと太陽の下に顔を出した時のことであるーーー





    対岸から、一成を呼ぶ女性の声がある。



    それは、確かに一成の名だった。



    少年は、一瞬間ドキッとした。

    一成の顔に一種の緊張が走ったのである。





    そこには、遠目ながらにも誰と分かる美しい女の顔が笑っていた。


    一成は、先刻の緊張を隠しながらも、それに勝るある感情が生まれて来るのを胸の奥にひしと感じた。



    それは、恋い焦がれた女性に感じる純な想いと懐かしさである。

    一瞬の緊張が、柔らかな肌色に代わったのも、女の笑みが、嘲笑から来るものではなく、愛情と優しさに溢れたものであったからである。





    二人は二言、三言、言葉を交わしたが、恥ずかしさから長話になる事はなかった。


    会話の主は、互いの柔らかな表情だった。

    それでよかった。











    わずかな静寂の後、女は、限りなく澄んだ声音で別れを言って、もう一度自転車のペダルを踏み込んだ。



    後には、果てしない憧れの匂いが橋の掛かる青空にふわりと残った…。


    一成はその匂いを噛み締めるように、空を見上げた…。

    ーーー

    しかしながら、この時の女の思い遣りに溢れた笑みは、彼女の技術であり、本当の所は一成の導水渠の中の秘密を知ってしまっていたのかもしれない。この真実は、未だ一成の謎である。

    ーーー




    ちなみに、この美しい女性は、今は別の男と結婚していて、姓も代わっている。



    今はただ、限りない彼女への憧れを心の奥に蔵いながら、遠く幸せを思い遣るだけである。

    ーーー・ーーー・ーーー

    次週へ続く。





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