結局その日、僕らは都会の街並みを移動しながら、お金は全部Hughが出してくれた。
僕が何度払うと言っても、
「取っておきなさい」
と言って受け取らなかった。
「ジーン(彼らは何故か僕をそう呼んだ)、君は夢を追いかけている。少ない貴重なお金だ。私は大きな資産を持っている。お金の事は心配しなくていいんだ。」
僕には、父と兄が無い。
年齢から言ってもHughとChrisは丁度僕にとっての父と兄に当てはまるような感じだ。
この日一緒に時間を過ごす中で、僕に父と兄がいたら、きっとこんな感じなのだろうか、とふとそんな事を思った。僕の中の感情が僕にそう認識させた。それは、遠い憧れに似ていた。
そう、
話はアプリのトランスレーターだった。
銭湯からの帰り道、僕らはインストールしたての「音声&翻訳アプリ」を使っての遣り取りを試みたんだ。
ところがこのアプリ、随分といい加減に出来ていて、会話をかえって捻じ曲げてしまう。
全然関係ない事話しているのに、
「何が起こって、二人と sex したいようですね」
とか何を”せっくす”と聞き間違えたのか、意味の分からない翻訳してみたり、
「時計をお楽しみ下さい。」
↑一体どーゆー意味だっ!?
とか、
「あなたの携帯電話のバッテリー [ok] は、します。」
↑いや、これ主語どこだよ!?
とか、もう4人して(この時はタクシーの運転手さんが加わっていた)ゲラゲラ笑っていた。
アイツ(←音声&翻訳アプリ)は殊に長文になるともうダメみたいで、
「握ってトイレ何って長い事今なったのか分からないと思う少し私の心を吹く私の王国は異なる大きな点が支払いを手控えたほうがよい場合どのくらいの期間どのくらいどのように古い [ok] ああのいいきらめきドリンク」
とか、もう壊れた方が良い!ってくらい散々だった。
ちなみに、上の例文は、アプリにあった履歴からコピペしたやつ!
なので、ガチでこうゆう翻訳するんだ。
ただただ笑っちゃう。
で、結局このアプリを使っても込み入った会話の遣り取りは出来なかったんだ。
だけどね、僕らはどうにかして”相手と打ち解け合いたい”っていう同じ気持ちを互いに抱いていたんだ。その心は互いに通じ合っていた。
でも、人と人が本当に打ち解け合えるのは、理屈じゃないんだよな。
どうしても”時間”が必要なんだよな。
それで、この遣り取りの中で、突如Hughが
「You are dick!」
とふざけて言ったのに対し、
僕はすかさず、
「ところでChrisのチンチンはでっかいの?」
って聞いたんだ。
ここの翻訳は上手くやってくれたようで、ちゃんと相手に伝わった。
この瞬間にChrisは物凄く笑ってくれたんだ。
半分呆れたように、
でも、本当におかしげに笑ってくれたんだ。
それまで、文通はしていても実際に会うのは2回目だし、言葉の壁もあるし、ってところで、何とは無しに気を張っていた部分が互いにあったように思うんだ。
ところが、この下ネタの遣り取りを機に、一気にその薄っすらとした壁が取り払われたように感じた。
言葉が違っても、”付いている物”は同じだし、結局の所は何にも変わりゃしないんだな、ってのを僕はこの時身を以て感じたんだ。
少ない頭から絞り出す数少ない語彙の中で、相手との距離を縮めるためのワードを探っていたけれど、その答えは至極簡潔なものだった。
「Is your penis big?」(←君の”アレ”ってやっぱり大きいの?)
たったこれだけだった。
「What did you say?」(えっ?なんだって?)
「Your penis is so big,right?」(だからっ、君のチンチンはめちゃくちゃ大きいんだろ、って聞いたんだ!)
「Jesus!!! www!!!」(はははっっ。なんてこった!)
これ、世界共通語だった。
この一言で、僕らは互いに微笑み合えるのだ。
世界中で起きてるあらゆる種類の対立の元に、僕はこのワードを届けたいと思う。
「そんな事してねぇーで、いいからこれ聞いて笑っとけ!」
ってね。
そしたら、俺ん家に来て炬燵に入りながら一緒に蜜柑でも食おーぜぇ!
ってね。
まぁ、実際問題、例えば同じ日本人にこのワードを使うとしたら、ちょっとだけコツとかタイミングの見極めは必要なのかな。
別に汚れの無い綺麗なワードだけれども、
相手との関係性や場所、場の雰囲気などによっては返って場を白けさせもするワードでもあるのかもしれない。
まぁ、そういう一面も持ち合わせているけれども、使い方とタイミングさえ掴めば、これ程場を和ませるウィットは無いよな。
それから、僕らは彼らの日本での行きつけのダイニングバーに行ってディナーを共にした。
そこでもまた新しい出会いがあって、又一つ新たな繋がりが出来た。
そこで出来た友人も加わって、僕らは場所を変えるべくゴールデン街へと向かった。
道中に寄ったコンビニで仲間の1人が景品の缶チューハイを当てた。
無論、僕らは皆でそれを回し飲みした。
それは、冬の遠ざかる季節の和み始めた夜風に優しく滲んで、そのままゆっくりと僕の体へ侵入して来た。
格別の味だった。
その後入った飲み屋は、何やら隠れ家のような所で、僕にとっては思い出に思い出を重ねて行くような最高に充実した時間の連続だった。
ここでは、
友人同士の痴話喧嘩が始まったり、
腕相撲が始まったり、
サラッと裏事情、小知識を蓄えたり、
エンタテインメントそのものだった。
帰り際、Hughが僕を駅まで送ってくれたんだ。
そして、
「今日一日で、ジーン、君の事が理解(わ)かったよ。
君は本当に正直で誠実な人間だ。
最高の日本旅行をありがとう。
次は是非メルボルンに来て欲しい。」
って言って帰りの電車賃までくれたんだ。
僕の事を”息子だ”とまで言ってくれて。
そして、僕らはしっかりと抱き合って、次にまた必ず会う約束も交わし、その上でその日は別れたんだ。
ーーーーー
僕らのストーリーはまだ始まったばかりだ。
これから、僕らはもっと時間を重ね、互いの人生をより鮮やかなものにして行くのだろう。
明日への希望と
明日への勇気を握り締め、
世界中が今日も一歩づつ、まだ見ぬ明日をクリエイトして行く。